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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)375号 判決

原告

東洋システム開発研究所株式会社(審決書上の表示東洋システム開発株式会社)

代表者代表取締役

【A】

被告

特許庁長官【B】

指定代理人

【C】

【D】

【E】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成8年審判第20771号事件について平成10年10月14日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、特願昭62-164988号(昭和62年6月30日出願。以下「原出願」という。)からの分割出願として、平成5年5月7日、発明の名称を「マウス装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願平5-141118号。本願)をしたが、平成8年11月5日拒絶査定を受けたので、同年12月11日拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成8年審判第20771号事件として審理した結果、平成10年10月14日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年10月29日原告に送達された。(なお、原告は、平成6年10月3日に現在の商号に変更した。)

2  本願発明の要旨

(1)  本願請求項1に係る発明の要旨

情報の送受信機能を持つ送受信部2がマウス4または制御部3に設けたことを特徴とするマウス装置。

(2)  本願請求項2に係る発明の要旨

前記送受信機能が、RS-232Cでなる請求項1記載のマウス装置。

(3)  本願請求項3に係る発明の要旨

前記送受信機能が、無線でなる請求項1記載のマウス装置。

3  審決の理由の要旨

審決の理由は、別紙1審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであって、審決は、本願は適法な分割出願とは認められず、その出願日は現実の出願日である平成5年5月7日であるところ、本願請求項1ないし3に係る発明は、刊行物1(特開昭64-8431号公報。原出願の公開特許公報)及び刊行物2(特開昭59-195735号公報)に記載された従来技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨判断した。

第3審決の取消事由

1  審決の認否

(1)  審決の理由Ⅰ(手続きの経緯及び発明の要旨)は認める。

(2)  同Ⅱ(出願日の認定)のうち、審決書3頁10行「しかるに、」から15行まで、及び6頁6行ないし8頁4行は争い、その余は認める。

(3)  同Ⅲ(引用例)は認める。

(4)  同Ⅳ(対比・判断)は認める。

(5)  同Ⅴ(むすび)は争う。

2  取消事由

審決は、出願の分割の適否の判断を誤ったため本願発明の出願日の認定を誤り、出願日後の刊行物により本願発明の進歩性を判断したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(送受信機能の一体化の点)

審決は、「本願の分割の基礎となる特願昭62-164988号の明細書及び図面には、本願の制御部3に相当すると見られる「パルス発生制御部3」に送受信機能を設けることは何ら記載されておらず、」(審決書3頁10行ないし14行)と認定するが、誤りである。パルス発生制御部3に送受信機能を設けることは、原出願明細書及び図面に記載されているに等しい事項である。

ア 原出願の図面第1図の(ロ)(別紙2参照)は、パルス発生制御部3をマウス4に設けた実施例、すなわち内蔵型におけるマウス4の内部構造概略図である。この第1図(ロ)では、パルス発生制御部3とRS232Cポート22が分離されて描かれているが、これは、記述の明瞭性のため、キー6と同様に、RS232Cポート22もパルス発生制御部3から分離して描かれたものである。

仮に原出願の第1図(ロ)からパルス発生制御部3とRS232Cポート22との一体化が直ちに読みとれないとしても、RS232Cポート22とパルス発生制御部3間は、RS232Cポート22とパルス発生制御部3間の送受信用の配線のみで接続されていることから、RS232Cポート22とパルス発生制御部3を一体化することは、単なる構成要素の配置替えの問題で、容易になし得ることである。

イ マウス4、パルス発生制御部3、コンピュータ本体1をそれぞれ個別に配置した外付け型の場合、RS232Cポート22の送受信信号用の配線は、パルス発生制御部3に接続されていることが必要なので、RS232Cポート22も一緒にマウス4の外に出ることになり、マウス4の外に出たRS232Cポート22は、孤立して存在するよりも、パルス発生制御部3と一体化させることが自然であり、一体化は外付け型の場合にはむしろ必然である。

ウ また、当業者の通常のやり方では、送受信部を別途に設けることは、別々のケーシングを必要とし、接続も必要となり、コスト高や故障の発生を招き、当業者が通常する方向とは逆行することである。

エ 以上の点からすると、パルス発生制御部3に送受信部2を設けることは、原出願明細書及び図面に記載されているに等しい事項である。

(2)  取消事由2(無線の点)

審決は、「本願の分割の基礎となる特願昭62-164988号の明細書及び図面には、・・・送受信機能を無線とすることについても何の記載も示唆もない。」(審決書3頁10行ないし15行)、と認定するが、誤りである。送受信機能を無線とすることは、原出願明細書及び図面に記載されているに等しい事項である。

ア 原出願明細書(甲第2号証)には、「コマンドのload及びsaveのためにマウス4にRS232Cポート22を設けた」(4頁左上欄2行、3行)と記載され、その点は、原出願の図面第1図(ロ)(別紙2参照)にも図示されている。上記RS232Cポート22は、データの送受信がなされることを担当する箇所である。そして、パルス発生制御部3とRS232Cポート22が双方向の矢印で接続されていることが図示されていることは、コマンド列のload及びsaveがパルス発生制御部3とRS232Cポート22を経由していることを示すが、外部への接続は、無線でなされるために線が図示されていないものである。原出願の図面では、接続の線が必要な場合には、第1図(ロ)のマウス4の上部から本体1への矢印のように、線を描いている。

イ 原出願明細書(甲第2号証)には、「データの入出力はこの手段に限らず要はその入出力が可能なためのインタフェイスをマウス4に設けたものであればその形態は問わない。」(4頁左上欄4行ないし7行)と記載されているが、この記載は、通信手段は当時の周知技術の範囲で考えられることなら何でもよく、その形態は問わないということを意味する。

そして、考案の名称を「ペン型入力装置」とする実願昭61-100697号の公開実用新案公報(甲第6号証)に「これらキー4は、外部情報データ処理装置(図示せず)に有線あるいは無線接続されている。」(3頁8行ないし10行)と記載されているように、当時の当業者にとって通常念頭に無線があったものである。

ウ 仮にRS232Cポート22の先が無線ではないとすると、RS232Cポート22に到達したデータはその先の行き場を失うことになるという不都合が生ずる。

さらに、原出願の第1図(ロ)の上部の矢印の線である該信号パス用のケーブルは、フレキシブルで、マウス操作に支障を来たすほどではないが、これに加えて、通信パス用のケーブルをRS232Cポート22から引き出してみると、上と下の2箇所でケーブルにつながれたマウス4は、身動きができなくなる。特に、RS232C用ケーブルは太く、マウス4が吊り上げられ、全く操作ができないこととなる。

エ(ア) 被告は、原出願明細書に記載されているRS232Cポート22はそれ自体通信機能を有するものではなく、パルス発生制御3と外部とをこの標準規格に沿って接続する端部(通常はコネクタ)と解すべきである旨主張する。

しかしながら、乙第2号証(NHK趣味講座 マイコン通信入門)に、「RS―232Cはインターフェイスの規格のことをいいますが、時には、コネクターやRS―232Cの規格に対応した機能のことを意味していることもあります。」(31頁右欄4行ないし7行)と記載されているとおり、RS232Cは、データの送受信の「機能」に使われることもあり、また、ポートは、通信分野では「処理」機能を有するものとして使用されている。原出願明細書も、このことを意識して、「RS232C」に「ポート」を付けた「RS232Cポート」をもって、送受信の機能を有するインタフェースを表現したのであり、被告の上記主張は失当である。

(イ) 被告は、特開昭61-188617号公報(乙第5号証)に基づく主張をするが、同公報は、制御信号を送受信する用途に使用したもので、原出願、本願の情報の送受信機能とは目的が異なるものであり、被告の上記主張は失当である。

第4審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(送受信機能の一体化の点)について

ア 原出願明細書には、パルス発生制御部3とRS232Cポート22を一体化することについての明示の記載はない。

イ 原出願の図面には、パルス発生制御部3の位置について、マウス4との関係位置が異なる2つの図示(第1図、第2図)があるが、マウスを内蔵型、外付け型等に区別することを示す記載は一切存在しない。

原出願の第1図(別紙2参照)には、パルス発生制御部3に送受信機能を設けることをうかがわせる記載はない。また、後記(2)のとおり、RS232Cポート22自体は、送受信機能を有さず、RS232Cを「送受信部」とはいえない。

原出願の第2図(別紙2参照)は、マウス装置の機能ブロック図であって、構成配置図ではない。さらに、第2図には、パルス発生制御部内を含め、どこにも送受信部が存在しないため、送受信機能を担う部分がどこにも存在しない。

ウ 原告は、コスト面、故障発生の点等の理由から、パルス発生制御部3にRS232Cポート22を一体化することは通常行われることである旨主張するが、そのような議論は、仮定の上に仮定を重ねるものであって、確固たる根拠に基づくものではなく、失当である。

エ 以上のとおり、原出願明細書及び図面に、パルス発生制御部3に送受信機能を設けることが記載されているに等しいものと認めることはできない。

(2)  取消事由2(無線の点)について

ア 原出願明細書のどこにも、無線を使用していることの明記はない。

イ RS232Cは、直列2進データ転送に関し、コンピュータ、ワークステーション等のデータ端末装置(DTE)と、モデム(変復調装置)、加入者終端装置等のデータ回線終端装置(DCE)との接続条件を電気的特性、機械的仕様、機能について規定した国際的なインターフェース標準規格であり、機械的仕様として25ピンコネクタのピン番号や形状が規定されている(乙第1ないし第4号証)。この定義に従えば、原出願明細書に記載されているRS232Cポート22は、それ自体通信機能を有するものではなく、パルス発生制御部3と外部とをこの標準規格に沿って接続する端部(通常はコネクタ)と解するのが妥当である。したがって、原出願のRS232Cポート22は、厳密には送受信装置ではなく、RS232Cポート22から先の信号の流れは、該ポートに(着脱可能に)有線で連なるモデム・通信装置に至り、本体1との通信は、このモデム・通信装置を介して行われると考えるのが妥当である。そして、モデム・通信装置を介して行われる本体1との通信には有線、無線のいずれも考えられるので、原告主張のように、原出願の第1図(ロ)のRS232Cポート22より先に線が記載されていないからといって、一義的に無線が用いられていると認めることはできない。

ウ(ア) 原告は、原出願明細書(甲第2号証)の「データの入出力はこの手段に限らず要はその入出力が可能なためのインターフェイスをマウス装置に設けたものであればその形態は問わない。」(4頁左上欄4行ないし7行)との記載から、通信手段として無線も含む旨主張するが、その全文は、「またコマンドのload及びsaveのためにマウス4にRS232Cポート22を設けたものを示したが、データの入出力はこの手段に限らず要はその入出力が可能なためのインターフェイスをマウス装置に設けたものであればその形態は問わない。」(4頁左上欄2行ないし7行)というものであり、「データの入出力」の「手段」は「その入出力が可能なためのインターフェイスを設けたもの」でありさえすれば「その形態は問わない」ことを意味しているものである。そして、前記のとおり、RS232Cはインターフェースの標準規格であり、RS232Cポートが送受信機能を有さないことを考慮すれば、「形態は問わない」のは「インターフェイス」又は「データの入出力手段」であって、「送受信手段」ではないことは明らかであるから、原告主張の上記記載が送受信手段として無線を使用することを意味するものとは認められない。

(イ) 原告は、RS232Cケーブルをマウスに使用することができない旨主張するが、特開昭61-188617号公報(乙第5号証)にもみられるように、マウスとコンピュータ間をRS232Cケーブルで結び、両者間で制御信号、データを双方向で送受信する例が知られており、RS232Cケーブルをマウスに用いることは珍しいことではない。

理由

1  本願発明の要旨

本願発明の要旨は、当事者間に争いがなく、本願発明が情報の送受信機能を持つ送受信部を制御部3に設けること、及びマウス装置の送受信機能が無線であると特定していること(審決書3頁2行ないし10行)は、当事者間に争いがない。

2  取消事由2(無線の点)について

まず、取消事由2から判断するに、結論としては、原告が主張するように、マウス4に設けられた送受信機能を無線とすることが原出願明細書及び図面に記載されているに等しいもの、と認めることはできない。その理由は、以下のとおりである。

(1)  すなわち、甲第2号証によれば、送受信機能を無線で実現するとの明示の記載は、原出願明細書にはない。また、原出願明細書には、空間を通して信号を伝送することを示唆するような構成は、記載されていない。

しかも、原出願の出願当時に、マウス装置外部へ情報をセーブしたり、情報を外部からマウス装置にロードしたりする際に、「無線」を用いることが当業者に自明のことであったことを認めるに足りる証拠もない。

そうすると、原出願明細書及び図面に送受信機能を無線で実現することが記載されているに等しいものと認めることはできない。

(2)ア  原告は、原出願明細書中の「データの入出力はこの手段に限らず要はその入出力が可能なためのインターフェイスをマウス装置に設けたものであればその形態は問わない。」との記載は、「有線」でも「無線」でも通信手段の形態を問わないことを意味する旨主張する。

(ア) しかしながら、甲第2号証によれば、原出願明細書における「その形態を問わない」を含む文章の全体は、「またコマンドのload及びsaveのためにマウス4にRS232Cポート22を設けたものを示したが、データの入出力はこの手段に限らず要はその入出力が可能なためのインターフェイスをマウス装置に設けたものであればその形態は問わない。」(4頁左上欄2行ないし7行)というものであることが認められるから、「その形態は問わない」のは、「データの入出力可能なためのインターフェイス」であると認められる。さらに、上記文章中の「この手段に限らず」にいう「この手段」は、その前にある「RS232Cポート22」による手段を意味するものと認められるところ、RS232Cポートがコネクタ仕様のインターフェース規格であることは、後記(イ)のとおりである。そうすると、原告主張の「その形態を問わない」とは、RS-232C規格以外の、例えばRS-422規格、RS-423規格(乙第4号証78頁参照)でもよいことを意味するものと認められるものの、「有線」、「無線」を問わないことまで意味するものと認めることはできず、原告の上記主張は採用することができない。

(イ) 「RS232Cポート22」の意味について検討すると、乙1号証によれば、「マイコン用語事典」(昭和55年8月5日第3版発行)には、「RS-232-C 直列2進データ転送に関するデータ端末装置と、データ通信装置との間の接続条件を電気的特性、機械的仕様、機能について規定した国際的な標準規約。」(19頁)と記載され、乙2号証によれば、「NHK趣味講座 マイコン通信入門」(昭和61年4月1日発行)には、「DTE(注・データ端末装置)もDCE(注・データ回線終端装置)も、多くのメーカーが作っていますが、その接続状態や信号の大きさなどを統一しておかないと、装置をうまくつなぐことができませんし、つなぐことができたとしても、正しく働らいてくれません。そこで、統一した規格として、RS-232Cが設けられており、インターフェイスの標準としてマイコンによる通信でも広く採用されています。」(31頁)と記載され、乙第4号証によれば、「マイクロコンピュータ・データ伝送の基礎と実際」(昭和60年2月20日第2版発行)には、「3.2 RS-232C RS-232Cは、インターフェースの信号の電気的仕様、信号線の種類およびその機能、機械的特性(コネクタ仕様)などからなります。」(67頁)と記載され、さらに、「(3) コネクタ 信号線の種類や電気的仕様が規定されていても、コネクタが違っていたのでは具体的に接続することはできません。したがって、コネクタについても規格が決まっています。これは25ピンのコネクタです(図3.17、図3.18)。」(77頁)、「3.3 RS-422とRS-423 (1) RS-422 RS-422は平衡型のインターフェース規格です。」(78頁)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、「RS-232C」は、電気的仕様のみならず、機械的特性(コネクタ仕様)をも包含する「インターフェース規格」と定義されるものである。これに反する原告の主張は採用することができない。

この「RS232C」の定義を踏まえて検討すると、原出願明細書中に記載の「RS232Cポート22」は、「RS232Cというインターフェイス規格に則ったポート22」を意味するが、前記のとおり、RS232Cの規格には機械的特性(コネクタ仕様)が含まれるものであり、原出願の図面第1図(ロ)(別紙2参照)において、RS232Cポート22がマウス外縁部に図示されていることからすると、「RS232Cポート22」は、RS232Cの規格のうちの「機械的特性(コネクタ仕様)」、すなわちコネクタ部を表しているものと認められる。

イ  原告は、乙第2号証(NHK趣味講座 マイコン通信入門)に、「RS―232Cはインターフェイスの規格のことをいいますが、時には、コネクターやRS―232Cの規格に対応した機能のことを意味していることもあります。」(31頁右欄4行ないし7行)と記載されているとおり、RS232Cは、データの送受信の機能に使われることもあり、また、「ポート」は、通信分野では「処理」機能を有するものとして使用されているところ、原出願明細書も、このことを意識して、「RS232C」に「ポート」を付した「RS232Cポート」をもって、送受信の機能を有するインタフェースを表現している旨主張する。

しかしながら、乙第2号証記載の「規格に対応した機能」については、同号証には、当該「機能」が通信分野におけるデータの送受信の機能を意味することを示す記載は認められない。さらに、「ポート」が「処理」を意味することを認めるに足りる証拠は示されていない(かえって、弁論の全趣旨によれば、ポートは、データ通信の分野では、データ処理装置において、外部の1つ又は複数の遠方装置との間でデータの受渡しをする単一のチャンネルのために専ら用いられる部分を意味するものと認められる。)。したがって、原告の上記主張は採用することができない。

ウ  原告は、RS232Cポート22の先が無線ではないとすると、RS232Cポート22に到達したデータはその先の行き場を失うことになってしまう旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、RS232Cポート22はコネクタであるから、原出願の第1図(ロ)に接する当業者は、コネクタが更に伝送線と接続されるものと理解するものと認められる。したがって、データのロード及びセーブに際して、伝送線を接続すれば、データのRS232Cポート22から先の行き場は確保されることとなるから、原告の上記主張は理由がない。

エ  原告は、さらに、原出願の第1図(ロ)の上部矢印の線である該信号パス用のケーブルは、フレキシブルで、マウス操作に支障を来たすほどではないが、これに加えて通信パス用のケーブルをRS232Cポート22から引き出してみると、上と下の2箇所でケーブルにつながれたマウスは、身動きができなくなり、特に、RS232C用ケーブルは太く、マウス4が吊り上げられ、全く操作ができなくなってしまう旨主張する。

しかしながら、RS232C用ケーブルをマウスにつなぐことにより、マウスの動作性は悪化することがあっても、マウスの動作が不能になるとまで認めることはできない。しかも、RS232Cポート22は、「コマンドのload及びsaveのために」(甲第2号証4頁左上欄2行)設けられたものであるから、上記ロード及びセーブ時に接続されれば足り、常時接続される必要はないものである。したがって、原告の上記主張も理由がない。

3  取消事由1(送受信機能の一体化の点)について

次に、取消事由1について検討するに、原告が主張するように、パルス発生制御部3に送受信機能を設けることが原出願明細書及び図面に記載されているに等しいもの、と認めることはできない。

(1)ア  すなわち、送受信部2を制御部3に直接設けることを明示する記載は、原出願明細書にはない。

甲第2号証によれば、原出願明細書の記載には、送受信機能に関する記載として、「入力したコマンド列のload及びsaveの機能として、マウス4にRS232Cポート22を設けた。」(2頁右下欄15行ないし17行)、「またコマンドのload及びsaveのためにマウス4にRS232Cポート22を設けたものを示したが、データの入出力はこの手段に限らず要はその入出力が可能なためのインターフェイスをマウス装置に設けたものであればその形態は問わない。」(4頁左上欄2行ないし7行)との記載があることが認められ、これらの記載によれば、送受信機能の具備のためには、RS232Cポート22のようなデータの入出力手段、入出力が可能なためのインターフェース等の構成を要することが認められるところ、パルス発生制御部3にこれらの構成を設けることについては、原出願明細書に記載されておらず、記載されているに等しいものと認めることもできない。

イ  原出願の図面からも、パルス発生制御部3に送受信機能を設けることが記載されているに等しいものと認めることはできない。

(2)ア  原告は、RS232Cポート22とパルス発生制御部3を一体化することは、単なる構成要素の配置替えの問題で、容易になし得ることである旨、さらに、別途設けることはコスト高や故障の発生を招き、当業者が通常する方向とは逆行することである旨主張する。

しかしながら、仮に原告主張のように、一体化が容易になし得ることであるとしても、そのことは、記載されているに等しいことを意味しないし、原告主張のコスト高や故障の発生の点も、上記一体化が記載されているに等しいものと認めさせるものではないから、原告の上記主張は採用することができない。

4  結論

よって、本願発明は、原出願明細書及び図面に記載されていないところの、情報の送受信機能を持つ送受信部を制御部3に設けること、及び送受信機能を無線で実現する点を含むものであるから、本願は原出願からの適法な分割出願とは認められず、本願発明の出願日は現実の出願日である平成5年5月7日である旨の審決の判断に誤りはない。

そうすると、刊行物1(特開昭64-8431号公報。原出願の公開特許公報)も本願発明の出願日前の刊行物となり、審決には、本願発明の出願日後の刊行物により本願発明の進歩性を判断した誤りがあるということはできない。

以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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